2013年3月4日月曜日

春合宿の写真と解説

2/27~3/2日まで小豆島に春合宿に行ってきました。
調査内容の個人的な目標はまだ決まってはいませんので軽く写真等をあげておきます。

写真①船上から眺める朝日
ジャンボフェリーの船上から撮影。坂手港に入る前です。6時頃ですね。
写真②寒霞渓
写真①の寒霞渓は小豆島の一番の名所・観光地でしょうか。今回の巡検では乗りませんでしたがロープウェーもあり紅雲亭から上がることも可能です。

あまり名所ばかり紹介していてはただの観光ブログになりかねないので個人で回ってみたところを。
写真③大角鼻灯台
写真③の大角鼻灯台。小豆島に2つある灯台の片方です。特に見どころはないですが海難の多発する海域であり交通の要です。この日はこの後に紹介する内海ダム再開発と沖之島がメインでしたが午後からはあいにくの雨。ずぶぬれになりながら原付で周りました。

写真④内海ダム再開発
写真④は内海ダムの工事の様子。たびたび訪れる水枯渇と雨による土砂災害を防止するために新しく建設されているものです。かなりの大規模工事のようです。

写真⑤沖之島
写真⑥沖之島のお墓
写真⑤沖之島は本島の100m沖にある小島です。人口60人で子供は今年中学校を卒業する子が一人とです。島には自動販売機も含めて飲食料を売るようなところはなく、公共施設もポストが一つです。また、島に渡るための渡船も一時間に一便程度でした。 若干気になったのは島の最高地点にあるお墓です。新しく整備されたように見えます。島の人口は減少のなか(ここ5年で19人減少)新しく整備しなければならないのでしょうか。
写真⑥坂手のマルキン醤油工場
坂手港からほど近い位置にあるマルキン醤油の工場です。道路をまたいで輸送用のパイプが伸びているのに萌えるのは私だけでしょうか?
写真⑦太陽の丘ピースパーク廃墟
寒霞渓から少しのところにある施設の廃墟?です。帰ってきてから調べてみたのですが1971年(S46年)に開園しオリーブ神殿なるものを併設していたようで2004年にレストランが休業しているので半分廃墟で間違いなさそうです。
若干バブル期よりも早いですのでリゾート法とは関係なさそうですが…

以上で報告を終わります。(Nakazi-)


2013年3月3日日曜日

 春合宿に参加してきました。と言いましても,私は個人的な都合で皆より一日早く入島し,二日間だけの短い巡検になってしまいました。それでも二日目の早朝には坂手港で皆を迎えることができ,少しは責任を果たせたかと思っています。
さて,コメントはさて置き,取り急ぎ,印象に残った風景をいくつかアップします。
 
主な巡検ルート(Yahoo地図Japan(ZWNRIN)から引用)

写真1は坂手港に入港するジャンボフェリーのようすです。最上階のデッキに立っている5名が我々のメンバーです。この瞬間がこれから始まる年間調査の本格的なスタートになりますので,毎年のことですが,ちょっと身震いするような気持ちのいい緊張感が走る瞬間です。

写真1.神戸三宮(01:00)-高松―小豆島坂手(07:10)便のジャンボフェリー

一昨年,われわれが高松で合宿を張ったとき,備讃諸島で瀬戸内海国際芸術祭が開かれていましたが,今年もまるで我々を待っていたかのように芸術祭が開かれます(写真2)。一昨年は30万人の見込み観光客だったところに95万人の参加者があり,2匹目のドジョウではないですが,大きな期待が集まっています。


写真2. タラップを降りる部員たちを迎える『瀬戸内国際芸術祭2013』の垂幕
  では,今回の主な巡検地を紹介します。

 私は仮のテーマを5つ持って参加しました。その1つが小豆島で最も有名な地場産業である醤油の醸造です。写真3は苗羽(のうま)地区の俯瞰です。あの有名なマルキン醤油は小豆島にあったんですね。企業城下町といっても差し支えないでしょう。町中が醤油の香りに包まれていました。醤油大好き人間の私にはたまりません。


写真3.丸金(マルキン)醤油の工場と苗羽地区のようす

 2つ目は,1974年と1976年に襲われた豪雨災害のその後のようすです。小豆島全体ではこの2つの災害で68名の犠牲者が出てしまいました。今回は1976年に大きな被害を出した橘地区を訪れました。現在のようすが写真4です。
写真4. 橘地区の復興住宅群と千羽岳
 
 ちなみに上流の砂防ダムのようすも見てきました。ブッシュをかき分けてダムの基部を確認していますと,たまたま通りかかった小豆島町の職員の方が不審に思われたのか,声をかけていただくことができ,現場を前にして興味深い話を聞くことができました。その詳しい内容は報告書に回します。ダムは3基確認でき(写真5),小さな堰堤は数えられないほどありました。

写真5. 最下流の砂防ダムと千羽岳
 
3つ目は,寒霞渓周辺です。ここは観光(写真6)もありますが,地形・地質面からと植生の垂直分布(写真7)について注意を払いながら巡りました。

写真6. 美しの原高原からみた寒霞渓の風景
  写真6.と7.だけではよくわかりませんが,気温や日照時間の気候以外に,地層によっても植生分布が変化しているようです。もちろん,地表水と地下水の影響も見られました。
一点不思議なのは,伝法川の源流水が白濁していたことです。これは夏にぜひ調べてみようと思っています。
 
 
写真7. 伝法川流域(中山地区)の山腹の垂直植生分布
 
4つ目は棚田100選(写真8)に選ばれている中山地区の土地利用と水利です。ここには農村歌舞伎の演舞場(写真9)がありました。また,弘法大師由来の湯舟寺という名水100選に選ばれた源泉をもつ寺がありました。
農村歌舞伎と棚田と水信仰との強いつながりを感じました。

写真8. 棚田100選に選ばれた中山地区の棚田のようす
写真9を撮影している後ろ側に神社があるのですが,小豆島の鎮守の森では照葉広葉樹のウバメガシが重用されています。
ここには昭和天皇が行幸されたそうでして,写真右側の建物に天皇が玉座された椅子が保存されていました。
写真9. 中山地区の農村歌舞伎演舞場
 
最後は冒頭に記した瀬戸内芸術祭です。この芸術祭には決まった会場というのはありませんので,島全体が会場となります。ちなみに棚田の中山地区では写真10のようなモニュメントが建設中でしたし,坂手港では写真11のような壁画を見ることができました。

写真10. 瀬戸内国際芸術祭にエントリーされた竹を使ったオブジェ(製作中)
 この壁画の良さは私には伝わってきませんでした。大作であることはわかりますけど。
写真11. 新築されている坂手港施設の壁画

本当はもう一つ,もっとも大切なテーマを持っているんですが,それを紹介しだすとキリがありませんのでカットです。

以上で紹介を終わります。(River)

2012年12月19日水曜日

調査地選考会を行いました!

二回生のNです。

今年度も調査地選考会の時期がやってきました。
毎年、奈良大学地理学研究会では来年度の年間研究調査地を各部員(1,2回生)が1人づつ調査候補地を提案しあい、その中で来年度の調査地を決定します。
今回の調査地選考会では、以下の6市町が挙げられました。



京都府宮津市

大阪府堺市(西区・中区)

香川県小豆島町

岐阜県岐阜市

金沢県金沢市

愛媛県伊方町


調査地の紹介をする部員

開票中


各部員の発表・投票の結果・・・


香川県小豆島町に決定しました!


2012年11月12日月曜日

立命館大学地理学研究会さんの学祭展示を訪問しました!

二回生のNです。
 11月11日(日)に関西学生地理学連合(略称:関地連)の参加校である、立命館大学地理学研究会さんの学祭展示の訪問を行いました。
今年度のテーマは「徳島都市圏と商業・交通政策」ということでポスター展示と発表が主な展示となっておりました。
 GISを用いた北部3町人口増加と徳島都市圏の大型商業施設を結ぶ道路網の関係をはじめ、該当地域でのアンケートを使用した個客の流動はMGD(マイクロジオデータ)に通じるものがあり、興味わくとともにレベルの高い発表でした。
 商業・交通政策以外にも気候・文化等と幅広いポスター展示が魅力でした。
 今回の学園祭展示では本当にお疲れ様でした!


写真は関地連参加校での記念撮影(撮影は立命の長田さん)
 
 また、関地連ミーティングを短い時間ながら開くこともでき、各校の情報交換も行うことができました。今年度は奈良大学が主幹校として進行させていただきましたが、残すところ最終報告に向けての活動になりました。これからも奈良大学地理学研究会をよろしくお願いします。
 

2012年11月6日火曜日

青垣祭報告

更新が遅れてしまい申し訳ございません。二回生のNです。
11月1~3までの三日間、奈良大学では青垣祭が開かれました。

地理学研究会では展示として広島県尾道市の研究報告と、模擬店にてお好み焼きを販売しました。
今回の展示は去年に引き続き、A0サイズのポスターに各部員の研究成果を展示しました。
今年の立体模型は、昨年度の和歌山県田辺市程の大きいサイズではないものの、等高線の間隔を密にすることで、より立体的に仕上がりました。去年より細かい等高線の密度に私もふくめ、部員たちも苦労しました。
 
アンケートでは立体模型の評価が高く「よくできていた」という評価もいただきました。また、ポスター展示では「文字が多く、読みづらい」といった指摘もいただきました。来年度への反省として改善していきたいと思います。アンケートにご協力しくださった皆様に心から感謝申し上げます。

模擬店については、当初は今回の調査地にちなんで広島風のお好み焼きを販売する予定でしたが、人員・調理時間・「ここは奈良だ。」という部員の意見…などといった理由から関西風お好み焼きに変更し、300円で販売。当日はおいしいと評判で、休まる時がない三日間となりました。

今年度も青垣祭が無事終了しました。協力していただいた皆様には心から感謝申し上げます。

もうすぐ3回生から2回生への代替わりがあります。そして最終報告書の作成や来年度調査地の選考といった活動にむけて動き出していきます。今度は2回生である私たちが主体となって活動します。これからも地理学研究会をよろしくお願いいたします。

2012年10月10日水曜日


今回の日本地理学会秋季大会では,興味深い発表を2本聞くことができました。

1つは,プレート境界型地震の捉え方についてです。昨年の太平洋沖地震の見方が,ややもすると地球物理的なプレート運動に視点が集中しすぎていて,地形学的な視点が欠けているのではないかという指摘だったと思います。指摘されてみれば全くその通りで,今回の東北地方太平洋沖地震の研究発表やマスコミ報道では,プレートの跳ね上がりがどうしたとか,アスペリティがどうのとかといった,地球内部の内容に偏っていたかもしれません。海底断層の発見報道はありましたが,今回の震災では津波の被害が大きく地震の揺れによる被害が小さかったからでしょうか,私自身,関心は海水を持ち上げる巨大な作用力に向いてしまっていたかもしれません。これまでも海底地形には注意してきたつもりでしたが,海水を取っ払った,海底と陸地とを連続させた地形の変動(断層)として見ることも可能なのかもしれないと思いました。

ただ,近代科学がこれまで経験したことのない今回の巨大地震では,比較的新しい学問である地球物理学からの研究が急展開することは当然で,そこに注目が集まるのは,それが社会から求められている結果だと思います。

2つめは,ジオパークの実践と課題についてです。ジオパークは新しい観光形態ですが,それにしても,まだその定義は定まりません。近年,毎回のようにシンポジウムが組まれていますが,そのたびに微妙に異なります。今回は各地の学芸員の方たちが発表されましたが,さすがに永くエコツーリズムの実務に携われてこられた経験から,理想と現実とのギャップをどのように埋めてきたのか,また,新しい試みであるジオパークの課題について発表されていました。

これに関連して,私もエコツーリズムについてはそれなりに調べていたつもりでしたが,不覚にもエコミューゼについての検証が足りなかったことを自覚できました。箱物の博物館を脱し地域ぐるみで取り組むエコミューゼですが,地域と研究者との協働による運営の中で,専門性の担保をどう図るのかということを過小評価していました。また,エコミューゼにしてもジオツーリズムにしても究極は地域づくりであり,将来どのような地域でありたいのかという哲学を築くことがもっとも大切であるというコメントに勇気づけられました。地理学には,哲学に正面から取り組むことを社会から求められていると思います。

River

2012年8月17日金曜日

 13日(月),3週間にわたったNARASIA未来塾から戻ってきました。夏合宿に参加できなかったことには忸怩たるものがありますが,それはそれで充実した日々を送ることができました。

 日・中・韓・越の4国から38名が参加し,「東アジアの可能性」をキーワードに,学び,議論し,発表してきました。失礼ながら参加するまでは,私の勉強不足から存じ上げない先生方が多かったのですが,後から考えますとすばらしい先生方ばかりで驚きました。貴重な機会を与えていただいたことに感謝しています。

 内容は,地理,歴史,文化,社会,宗教,科学,産業,経済,金融,行政,国土計画,政治,外交ほか多岐にわたり,正直言いまして,各90分の講義と45分の質疑・討議では,いかほどのまとまった知識が得られたかは疑問です。しかし,今振り返って総括しますと,私の現在のテーマである空間と場の認識に収斂させることも可能で,これからの展開が楽しみです。未来塾からは,その視点をさまざまな分野から示してもらえました。

以上,とりあえず帰還報告まで。
(River)