2013年3月3日日曜日

 春合宿に参加してきました。と言いましても,私は個人的な都合で皆より一日早く入島し,二日間だけの短い巡検になってしまいました。それでも二日目の早朝には坂手港で皆を迎えることができ,少しは責任を果たせたかと思っています。
さて,コメントはさて置き,取り急ぎ,印象に残った風景をいくつかアップします。
 
主な巡検ルート(Yahoo地図Japan(ZWNRIN)から引用)

写真1は坂手港に入港するジャンボフェリーのようすです。最上階のデッキに立っている5名が我々のメンバーです。この瞬間がこれから始まる年間調査の本格的なスタートになりますので,毎年のことですが,ちょっと身震いするような気持ちのいい緊張感が走る瞬間です。

写真1.神戸三宮(01:00)-高松―小豆島坂手(07:10)便のジャンボフェリー

一昨年,われわれが高松で合宿を張ったとき,備讃諸島で瀬戸内海国際芸術祭が開かれていましたが,今年もまるで我々を待っていたかのように芸術祭が開かれます(写真2)。一昨年は30万人の見込み観光客だったところに95万人の参加者があり,2匹目のドジョウではないですが,大きな期待が集まっています。


写真2. タラップを降りる部員たちを迎える『瀬戸内国際芸術祭2013』の垂幕
  では,今回の主な巡検地を紹介します。

 私は仮のテーマを5つ持って参加しました。その1つが小豆島で最も有名な地場産業である醤油の醸造です。写真3は苗羽(のうま)地区の俯瞰です。あの有名なマルキン醤油は小豆島にあったんですね。企業城下町といっても差し支えないでしょう。町中が醤油の香りに包まれていました。醤油大好き人間の私にはたまりません。


写真3.丸金(マルキン)醤油の工場と苗羽地区のようす

 2つ目は,1974年と1976年に襲われた豪雨災害のその後のようすです。小豆島全体ではこの2つの災害で68名の犠牲者が出てしまいました。今回は1976年に大きな被害を出した橘地区を訪れました。現在のようすが写真4です。
写真4. 橘地区の復興住宅群と千羽岳
 
 ちなみに上流の砂防ダムのようすも見てきました。ブッシュをかき分けてダムの基部を確認していますと,たまたま通りかかった小豆島町の職員の方が不審に思われたのか,声をかけていただくことができ,現場を前にして興味深い話を聞くことができました。その詳しい内容は報告書に回します。ダムは3基確認でき(写真5),小さな堰堤は数えられないほどありました。

写真5. 最下流の砂防ダムと千羽岳
 
3つ目は,寒霞渓周辺です。ここは観光(写真6)もありますが,地形・地質面からと植生の垂直分布(写真7)について注意を払いながら巡りました。

写真6. 美しの原高原からみた寒霞渓の風景
  写真6.と7.だけではよくわかりませんが,気温や日照時間の気候以外に,地層によっても植生分布が変化しているようです。もちろん,地表水と地下水の影響も見られました。
一点不思議なのは,伝法川の源流水が白濁していたことです。これは夏にぜひ調べてみようと思っています。
 
 
写真7. 伝法川流域(中山地区)の山腹の垂直植生分布
 
4つ目は棚田100選(写真8)に選ばれている中山地区の土地利用と水利です。ここには農村歌舞伎の演舞場(写真9)がありました。また,弘法大師由来の湯舟寺という名水100選に選ばれた源泉をもつ寺がありました。
農村歌舞伎と棚田と水信仰との強いつながりを感じました。

写真8. 棚田100選に選ばれた中山地区の棚田のようす
写真9を撮影している後ろ側に神社があるのですが,小豆島の鎮守の森では照葉広葉樹のウバメガシが重用されています。
ここには昭和天皇が行幸されたそうでして,写真右側の建物に天皇が玉座された椅子が保存されていました。
写真9. 中山地区の農村歌舞伎演舞場
 
最後は冒頭に記した瀬戸内芸術祭です。この芸術祭には決まった会場というのはありませんので,島全体が会場となります。ちなみに棚田の中山地区では写真10のようなモニュメントが建設中でしたし,坂手港では写真11のような壁画を見ることができました。

写真10. 瀬戸内国際芸術祭にエントリーされた竹を使ったオブジェ(製作中)
 この壁画の良さは私には伝わってきませんでした。大作であることはわかりますけど。
写真11. 新築されている坂手港施設の壁画

本当はもう一つ,もっとも大切なテーマを持っているんですが,それを紹介しだすとキリがありませんのでカットです。

以上で紹介を終わります。(River)

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