2011年6月25日土曜日

関地連巡検にむけて

今回は,個人的事情で関地連の巡検に参加できず残念です。とくに,今回の巡検地・木津川南部流域は,奈良から見ますと隣町であるにもかかわらず私にとっては何故か疎く,気にかかっている地域ですので。

常日頃,地理は空間の連続性と関係が重要であると他人には強調しているくせに,ホームグラウンド・平城丘陵の北側をちっとも調査していません。大和川水系との河川争奪も授業では習いますが調査したことはありません。
木津川は古代からも奈良盆地とは切っても切れない関係にありましたし,現在も奈良市の水需要のほとんどは木津川からのものです。参加されるメンバーは,これまで教わったすべての自然・歴史・文化の知識を動員して観察してきてください。そして報告してください。

 今回の巡検地とは異なると思いますが,以前に訪れた田辺市周辺の写真を貼り付けておきます。
 図1は東側山麓のようすで,基本的な地質は大阪層群と真砂土のようです。比較的はっきりとした谷が切れており,その成因は花崗岩の風化の違いによるものとされています。また,図でははっきりとしませんが数段の河川段丘があります。(撮影地点がすでに段丘の上にある)。

                図1.東側山麓の地形と集落のようす

図2はJR奈良線の上を跨ぐ水道橋ですが,農業用水用らしく撮影日の4月上旬では流れていませんでした。JR線の走っている東西位置を想像しながら見てください。
                図2.水道橋(玉水駅南部)

 図3は,木津川に流入する支川です。河川改修されているため河床は自然のままではありませんが,それでも流況は想像できそうです。ところが,時として暴れることのあるところが,不謹慎ですが地理的に興味深いところです。
                図3.井手町の玉川

 図4は,花見をしながら川遊びをする子供たちのようすです。なかなかいい雰囲気でしょう。
                図4.玉川河川敷のようす

 図5は昭和28年に発生した水害の記念碑です。重さは6トンもあるらしい。水の物理的に面白い点は,流れの推力のほかに持ち上げる力,浮力にありますが,それにしても,こんな大きな岩が流れてきてはたまったものではない。
 低地の沖積帯では大洪水,扇状地では土石流,山では土砂崩れといった自然災害が,私たちのごく身近なところでも発生するということがよくわかる記念碑です。(しかし,時間雨量が50㎜でそんな状況になるのは人災の要素もあるように思いますが。)           River   
                 図5.JR玉水駅のホームにある水害記念碑


               図6.井手町での木津川流域の横断景観(西から東方面をみる)

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